譲れぬ想い
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「マスター、少しはご自重ください!」 昼休みになり、生徒たちが食事を摂ろうと廊下に出、ざわざわとその喧騒が騒がしくなる中、キャス ターは己のマスターである葛木宗一郎に、最早何度目になるのかわからない忠告をした。しかし、その 度に返されるのは、「問題ない」という味も素っ気もない返答。そしてこれが、学校内における、二 人のいつものやり取りであった。 学校内において、キャスターは何が起こっても問題ないように、姿を消して宗一郎について来てい た。 この学校には、セイバーのマスターとアーチャーのマスターがいることが分かっている。だというの に、職務だから、と学校に通い続ける宗一郎に、業を煮やしていた。 「私は、マスターが心配なんです」 と本心を打ち明けても、 「仕掛ける気ならば、とうに仕掛けてきているはずだ」 と返し、 「こうしている間にも、私は存在できなくなるかもしれないのですよ」 と脅しても、 「ならば、寺に戻っているがいい」 という風に返し、 「ならば、マスターたちをこの学校内で殺しなさい」 と提案すると、 「向こうから仕掛けてこないならば、ここで面倒を起こすことはない」 と返すなど、万事が万事、宗一郎のための忠告は全て無意味であった。 なぜこんな意味のないことをするのか――その答えは決まっている。 有り体に言えば、惚れた弱みから、忠告をしているに過ぎない。 馬鹿馬鹿しい、と生前の彼女を知っているものが見れば、彼女のことをより蔑むだろう。 恐怖の対象である魔女が、そんな普通の女のように振舞えるはずなどない、と。 お前の役割は、ただ罪の象徴としてでしかない、と。 けれど、だからこそ守りたかった。 生前、裏切られ続けてきた自分。そして、今回もそうなるはずであった。 本来のマスターを騙し、令呪を三度消費させ、最期は契約破りの刃で以って殺した。 そして殺した後、冷たい雨が降る中、消えゆく感覚を味わいながら、どこまでも裏切りの泥にまみれ ている自身を自嘲していた。 だが、そんな中で、彼と――葛木宗一郎と出会ってしまったのだ。 「事情は話せるか?」 それが、寺の中で起きた自身に対してかけられた最初の言葉だった。 事情も何も、どうせ消えゆくならば、事情を話した方が良い―― そう考えて、事情を話した。 きっと信じてもらえはしない――そう思っていたのに、彼は全てを信じた。 信じてもらえるのか――と問えば、今のは嘘なのか、と。まるで鏡のように、彼はそこにあった。 ならば、彼を利用しよう――そう考えて、「抱いてください」とだけ言った。 あの時を思い出すと、顔が赤くなる。 始めに、手荒くか、優しくか、などと宗一郎が尋ねてきたのだ。 結局、荒々しくも、優しく抱かれた。 けれどもそれは、生前において英雄のための傀儡として愛されずにいた自分にとって、仮初であって も暖かな時間であった。 そして、身体を維持できるようになり、柳洞寺の龍脈を利用して、魔力を集め始めた。 宗一郎を傀儡として利用しよう――そう考えなかった、といえば嘘になる。 だが、結局はしなかった。 きっと、初めて会ったときから本能でわかっていたのだろう。 彼は決して裏切らない、と。どこまでも誠実なのだ、ということに。 聖杯戦争に巻き込まれた、というのに、自身の望みを全く持たず。 ただ、キャスターの望みをかなえようとしてくれている彼。 そんな彼を自分の不注意のせいで失ってしまう――それがキャスターにとって、とても怖かったのだ。 けれど、それを宗一郎に対して口に出して言えなかった。 恐怖を担っていた存在といえど、己の身は英霊。この馬鹿げた戦争が終われば、また帰っていく存在。 だから、この夢のような時間はいつか終わってしまう。 それゆえに、それが長く続けば良い――そう考えている。 だが、そのための行動は報われない。自身の望みを持たないから、キャスター自身から宗一郎に対し て言わない限り、気づこうともしないから。 けれど、その想いに気づかれなくてもいい、と思っている。何故なら、自分が好きになったのはそう いった部分なのだから。 そして今日も、無駄だと分かっている忠告を続けようとして―― 世界が、赤く染まった。 「何だ、これは?」 この異常に、宗一郎はキャスターに尋ねた。警戒してか、心なし目つきが鋭くなる。 キャスターも霊体の状態から本体の状態となり、すぐさま自分たちの周りに結界を張った。 「……学校にあった結界が発動したようです」 そう答えて、キャスターはこの結界の効果を分析する。 この結界の中は、異常であった。 血の如く赤く染まる廊下や壁。 蜜のように甘ったるい匂い。 そして、苦しそうに倒れこむ一般の生徒たち。 倒れこんだ生徒は、皮膚が溶け始めていた。 「……衛宮たちか?」 「いいえ、あの坊やは起点にはいません。どうやら、屋上のようです。それに、これほどの結界は あの坊やには張れないはずです」 そう、これほど大掛かりな結界は、あの魔術師見習いのセイバーのマスターには絶対に無理である。 先日の対峙で、彼の魔術の実力は大体分かっている。 「……消すことは出来るか?」 「いいえ。これは宝具級のものですから、私の宝具―― 「倒せば消える、か」 「おそらくは」 「ならばこの結界から外には出られるか?」 「いえ、私が空間転移を使っても、ここから抜けだすのは無理のようです。この結界内であるならば、 転移できるようですが。これも、当事者を倒してその結果少し綻びができれば違うのでしょうけれど」 「ならば、その結界の起点はどこだ?」 「それは、どうやら一階の……教室のようです」 そう返すと、宗一郎はふむ、と少し考えて、 「ならば、行こう。抜けられないならば、その起点に行ってみるまでだ」 そう結論付けて、二人は共に一階へと転移し、起点である教室に向かった。 「そこまでだ」 一階の、この結界の起点である教室にたどり着いて、宗一郎はそこにいるはずの何かしらのマスターと 、これを引き起こしているサーヴァントに対してそう言った。そこに居たのは、一人の少年と長身で目 隠しをしている女性であった。 「へえ、誰かと思えばアンタか、葛木先生」 そしてその少年は、宗一郎のよく知っている生徒――間桐慎二であった。 「間桐か、お前がこれを引き起こしたとはな」 「驚かないの?」 意外そうな顔で、そう慎二は尋ねる。 「そう言った感傷は、別段私にはない」 ただ淡々と返す宗一郎に対し、慎二はフン、と鼻で笑い、 「……なら、どっか行ってくれよ。これからアイツに、僕と組まなかったことを後悔させるんだからさ」 と、そう慎二が言った瞬間。 先手必勝とばかりに、キャスターは独自のスキル――高速神言で以って、魔力を それは、不可視の刃――カマイタチ。 そして、それはサーヴァントの首、右腕、左足の3つを狙う。 攻撃力としてはC。耐魔力がない限り、致命傷となりうる攻撃。 だが。 その疾風は、サーヴァントによってキャンセルされた。 「ッ!!」 思わず身構えるキャスター。 「へえ、やるねえ。不意打ちなんて」 少し驚きつつも、全く余裕の表情を変えずに、慎二はそう言った。 「ま、でも、収穫はあったか」 ちらりと、キャスターの方を一瞥して。 「アンタのサーヴァントは、キャスターだね。葛木先生」 慎二は、彼女のクラスを看破した。 内心、キャスターは この状況において、真名を知られぬまでも、自分のクラスを当てられたのはつらい。 ただでさえ、キャスターは最弱であり、かつ今は自分の陣地ではなく、敵地である。 もっと威力の大きい破壊魔術を行使すれば、確かに相手を倒すことは出来るかもしれないが、建物の 中、ということであり、その余波による崩壊に巻き込まれかねない。 (ジリ貧ね)そうキャスターは考える。 敵地に居るうえ、敵の正体が分からない。ならば、敵の正体を暴かないと。 「今のは小手調べ、ととっていいのかな?」 打開策を練ろうとするキャスターを尻目に、慎二はそう言った。 「ひょっとして、僕と組みたいの? 今のはひょっとして、実力を見るためのものかな? ま、七人い る中での最弱のサーヴァントじゃ、そう思うのも無理ないよね」 と言って、慎二は笑いかける。ただ、その笑みは、他人を見下す類の、侮蔑の笑みであった。 「でも、驚いたよ。アンタ、僕が見ても、全然魔術師じゃないじゃないか。そんなんで、キャスターの マスターが務まるのかい?」 そういって、慎二はより一層宗一郎を馬鹿にするようにニヤリと笑う。 「お黙りなさい」 その侮辱に我慢できず、キャスターが口をはさんだ。 「……これ、貴方がやったものじゃないわね。貴方のサーヴァントは一体なに?」 「……そう言われて、教えると思うかい? でも、よくわかったね、これが僕が張ったんじゃないって」 「ええ、それはわかるわよ。だって見たところ、貴方には魔力がほとんど感じられないんだもの」 「…… キャスターに対して、その視線は敵意をむき出しに、けれども口調は努めて冷静に慎二はそう言い放つ。 しかし、それを柳と受け流し、キャスターは続ける。 「今までで分かっているのは、この学校に居る坊やがマスターのセイバー、そして、同じくこの学校にマ スターが居るアーチャー、そしてアインツベルンの聖杯の小娘のバーサーカー、誰がマスターかわから ないランサー。そして私、キャスターとその手駒のアサシン。それから考えると、貴方のサーヴァント はライダーね」 「……ふぅん、さすがはキャスター。よく頭が回るもんだ」 ま、そうでなきゃダメなんだろうけどさ、と嫌味ったらしく言い放ち、 「いかにも、コイツはライダーだよ。どうだい、本職の 慎二は、まるでこれを自分の力でこれをやっているかのように、自慢げに言った。 「……悪趣味ね」 その態度に吐き気がしながらも、キャスターはそう言い放った。しかし慎二はそれを小馬鹿にして続け た。 「悪趣味? これは戦争だろ? そんな綺麗事言ってるなら、勝ち抜けないよ」 確かにそうだ。内心で、キャスターはうなずいた。 自分とて、街の人間から生気を吸い取って、その結果膨大な魔力を得ている。 だが、そんなキャスターの目から見ても、これはあまりに悪趣味すぎた。 いくら魔女と呼ばれたキャスターとて、生気を奪った人間の命を奪うようなマネはしていない。 だが、この結界は違う。 食虫植物が、獲物を甘い香りで捕らえた後に、その溶解液で以って獲物を死に至らしめ、養分とする ――それがこの結界の正体だ。 生きるため――そういえば簡単かもしれない。これは一方的な視点で許せないのでしかないのかもし れない。けれど、たとえそうであっても嫌だった。 「ええ、そうでもしないと貴方は絶対に勝ち抜けないでしょうね」 そう慎二に対し皮肉気に返し、キャスターは魔力を集中させて、高速神言で以ってすぐさま魔術を行使 できるようにする。 狙うのは慎二。いくらライダーが敏捷であっても、この距離ならば、先に攻撃が当たるのはこっち。 確実に仕留めることが出来る――そうキャスターは考える。 結界のこともそうだけれど、これ以上こんな下種が自分のマスターに対して暴言を吐くのが許せなか った。 しかし、 「キャスター、下がれ」 そう言って、ゆらり、とその影が揺れて、宗一郎が前に出た。 「宗一郎様!?」 その行動が、キャスターにとっても意外で、思わずマスターの名を呼ぶ。 「お前は、衛宮たちの足止めをしろ」 「しかし……」 「ここは、私がなんとかしよう」 そう言って、宗一郎は慎二とライダーに対して向き直る。 「はは、こりゃいいや! 魔術師でもないアンタが闘うってのかい? 葛木先生」 慎二はその行動を嘲った。 それもそうだ。その行動は、勇気と呼ぶにはあまりに馬鹿馬鹿しい。まさしく無謀というほかない。 なぜならここは、ライダーの結界の中である。すなわちそれは、ただでさえ英霊と闘う、というのに、 その上敵地で戦うわけなのだから。相手にとって、どこまでも不利という他ない。ただの自殺行為だ。 「相手は曲がりなりにも英霊なのですよ? 貴方だけでは……」 「キャスター」 なおも食い下がるキャスターに対し、ただ一言で反論を封じる。 「マスターとして命じる。衛宮たちの足止めをしろ」 「……わかりました」 そうしぶしぶと言い、 「ならば、気休めですが、強化をかけさせてもらいます」 そう言って、宗一郎に対して強化をかける。 「気をつけてください。この結界の中では、私の強化といえど、ほんの数分しか保ちません。その数分 内に倒さなければ、魔術師でない貴方も溶かされます」 キャスターはそう忠告する。 慎二と同じく、宗一郎には魔術回路がない。なので、魔術に対する耐性は、ほぼゼロ、と考えていい。 「問題ない。その数分で、けりをつける」 だが、そう心配するキャスターを尻目に、そう事も無げに宗一郎は言った。 「……そっちも頼むぞ、ほんの少しの間、時間を稼げれば良い。無理だけはするな」 「それはこっちのセリフです。すぐ戻ります」 そう言った後、少し間をおいて、 「……だから絶対に、死なないでください」 そう自分の本心を伝える。せめて、時間稼ぎをし終えた後も、生きていてください、と想いをこめる。 だが、その言葉にも、 「問題ない」 そう、いつもの口調で言ってくる宗一郎。それが少しおかしくて、キャスターは苦笑した。 「別れはすんだかい? 結局どうするのさ?」 慎二がそう揶揄するように言ってくる。 「……だから先に言ったはずだ。私だと」 「ふぅん、ま、いいけどさ。結局交渉決裂、ってとっていいのかな?」 「……交渉も何も、貴方のような下種と組むわけがないでしょう」 そう反駁するキャスター。その言葉にプライドを傷つけられたのか、慎二もキャスターの方を殺気を込 めて見る。 「キャスター、早く行け」 そんな中で、変わらぬ口調でそう言ってくる宗一郎。キャスターは、一瞬侮蔑の表情を慎二に向けて、 「わかりました。それでは」そう言って、そこに居なかったかのようにかき消えた。 ◇ 「へえ、凄いや。流石はキャスターだけあるね。空間転移すら使えるなんて」 口笛を吹くかのような軽い口調で、慎二はそう言った。 「でも、良かったのかい? 仮に最弱とはいえサーヴァントだろ? だったら時間稼ぎなんてさせない ほうが良かったんじゃない?」 そう慎二が尋ねても、宗一郎はその佇まいを崩さない。ただ、その眼に写っているのは慎二ではなく彼 のそばに控えるライダーだった。 「あ、そうだ。一つ聞いていい?」 そのことに少し苛立ちながらも、馴れ馴れしい口調で、慎二が口を開く。最早、学校の教員と生徒で はない。これからあるのは殺し合い。敬語など、使う必要はない。 「何だ?」 夕日に伸びる影のような佇まいを崩さず、宗一郎はそう聞き返す。 「アンタ、キャスターに惚れてんの?」 「……何故そんな事を聞く?」 ほんの少し、眉をひそめて慎二に顔を向けてそう聞き返す宗一郎。 「なんとなくさ、そんな感じがしたんだよ。だって、アンタがアイツを妙に大切にしてるっぽかったか らさ」 「……」 「ま、少なくとも、あっちはアンタにベタ惚れっぽいけどね。ひょっとして、抱いてやったりしたのか い?」 そう下卑た口調で聞いてくる慎二。そしてその顔はニヤついている。 「確かに抱いたが……それがどうかしたのか?」 「へえ、木石みたいだって思ってたけど、あんたにもそういった欲望があったんだ」 その宗一郎の言葉に、慎二は意外そうな眼を向け、そう言い放つ。 「そう言えば、美人なの? キャスターって」 「? それがどうしたのだ? 仮にそうであったとして、お前に何の関係がある?」 「関係あるさ。サーヴァントとは言え、アンタみたいな朴念仁が側においてる女だ。さぞかし美人なん だろうなって思ってさ」 「そうだとしたら、どうする?」 その言葉に、慎二は少し考え込む。 「そうだね……あ、そうだ、アンタを動けなくして、アンタの命と引き換えにして、アンタの目の前で 抱こう。惚れた男の目の前で、嫌々ながらどんどん快楽に乱れていくんだ。いいねいいね、これ、そそ るよ」 あははは、と、自分の思いつきが愉快なのか、慎二は笑った。 その慎二の言葉に、彼の側に居るライダーは眉をひそめた。 ライダーは、本来慎二のサーヴァントではない。彼の妹である桜が、本来の彼女のサーヴァントであ る。 それならば、なぜ慎二にしたがっているのか――それに本来のマスターである桜に、慎二に従うよう に言い聞かされたためと、彼が持っている令呪代わりの偽臣の書のためだ。 桜のことを思い浮かべる。 どこまでも暗く、自分を傷つけていた彼女。 それは、かつての自分――ポセイドンに無理やり求婚され、その結果望んでもいない石化の魔眼をつ けられてひっそりと暮らしていた頃の自分とダブった。 そして彼女自身も、無理やり強姦するかのように慎二に抱かれた。 汚らわしい、と自分でも思う。 だが、桜のためだ。そのためならば、いくらでも耐えてみせよう――そう考えて、ライダーは慎二の 指示を待った。 「私の方も、二つほど尋ねたい」 慎二がひとしきり笑った後、宗一郎がそう口を開いた。 「何? 命乞いだったら聞かないよ」 慎二はにやにやと宗一郎を見下しながら返す。 「……お前はこの戦争の果てに何を求める?」 「何を求めるかって? 勿論聖杯に決まってるじゃないか」 「それは結果だろう。おまえ自身の目的はなんだ?」 「は? そんなこと聞いてどうするのさ」 慎二は思わずその視線を強くする。その言葉は、慎二の劣等感を激しく揺り動かしたのだ。 「……」 その問いに、宗一郎は沈黙で以って返した。 「ま、いいや。アンタの思ってるとおり、僕の目的は他にある。冥途の土産に教えてやるよ。それは魔 術師として認められることさ。 ……僕は間桐の――いいや、マキリの正当な後継者だ。なのに、あんな愚図を、お爺様は後継者に選 んだ。それを見返してやるんだ。魔術回路がなくても、僕こそがマキリの後継者だって、お爺様にも、 アイツにも、衛宮にも思い知らせてやるんだ!」 そう慎二は言い切った。 そうだ、僕こそマキリの後継者。そのための勉強を今までしてきた。 たとえ魔術回路がなくとも、それゆえに魔術をつかえなくとも。 お爺様の言いなりになってる桜なんかじゃない。 僕こそが後継者なんだ! 僕こそが、マキリを継いで、没落したこの家を再興させるんだ!! 「では、もう一つ聞く。お前にとってのサーヴァントはなんだ?」 「サーヴァントが何かって? ははっ! 面白いことを聞くね、アンタ」 何を今更、と慎二は宗一郎に侮蔑の目を向けた。 「そんなの、決まってる。道具さ! 体のいい、僕の代わりに戦ってくれる、この戦争における僕の駒 さ! ま、こいつは女として役にも立ってるわけなんだけどね」 ライダーを指差し、そう言ってくる慎二。 「……そうか」 何の諍いもなく、宗一郎はそう言った。 「……ならば、私は負けぬ」 「は? アンタ、この状況でもそんな事言えるのかい?」 「……」 そう尋ねても、その返答は沈黙だった。 その様子に苛立ち、最早問答しても意味はない、と慎二は考え、 「……もういいや。ライダー、やれ」 そう、ゴミを始末するように事も無げにライダーに命じた。 その命令に従おうと、ライダーは手に持った釘剣を相手に見舞わんと構えようとして。 だが、それよりも早く。 宗一郎が蛇の如く机の間をすり抜け、一瞬にしてライダーとの距離を 「なっ!」 そう声を上げたのは、慎二かライダーか。 そうライダーが気づき、迎え撃とうとして。 宗一郎は、その指をライダーの首に穿ち、頚動脈を引き裂いた。 「え?」 そう言ったのは、慎二だったのか、それともライダーだったのか分からない。 ただ、ライダーは操り人形がその糸を切られたが如く、その場に倒れこむ。 そして、じわりと赤い塗料が傷口から流れ出し、錆びた鉄のような匂いがその場から充満し始めた。 「先ほどの私の答えだが――」 宗一郎は視線をライダーから慎二に移し、そう事も無げに話しかけた。 「私にとっても、聖杯は二次的な目的に過ぎぬ」 そう感慨もなくつぶやく宗一郎。 だが、その手に流れる血の色が、より一層不気味に感じられて。慎二はその場から一歩後ずさる。 「私の目的は、キャスターの望みをかなえることだ」 そう言って、まるで幽鬼のごとく、宗一郎はゆらりと慎二の方へと一歩踏み出した。 「そして、もう一つの答え」 また一歩踏み出す。互いの距離は残り3歩ほど。 「ひっ」 「――お前はサーヴァントを道具といったが、私にとってはそんなことはない。少なくともキャスター は、この枯れ果てた私に生きる意義を与えてくれた」 あと、2歩。 「く、来るな」 死の恐怖に、慎二は思わずそう声を上げる。 「なればこそ、私は負けられんのだ」 1歩。この距離は、最早宗一郎の距離である。 殺される。慎二がそう思った瞬間、 「マスター、ご無事ですか!?」 そう言って、キャスターが現れた。 「キャスターか。こっちは大丈夫だ。そっちは?」 「こちらも大丈夫です。それよりも――」 キャスターがチラリ、と慎二を一瞥する。 「貴方が手を下さないならば、私が――」 「いや、やめておけ」 その行動を、ただ一言でとめる。 「もうすぐ衛宮たちも来るだろう。そうしている時間はない」 「しかし……」 「帰るぞ。外には出れるな?」 「ええ、それは可能ですが……」 「ならば、頼む」 そう言って、宗一郎はその場に倒れこんだ。 「宗一郎様!」 キャスターは思わず駆け寄る。そして身体に触れてみれば、熱を持って熱かった。心なし、呼吸も荒い。 当然だ、とキャスターは思った。ただでさえ、身体を溶かす結界の中で闘っていたのである。むしろ 、この程度で済んだことが奇跡であった。 (よくここまで、頑張られましたね) 思わず愛しくなり、ぎゅ、っと身体を抱く。そして、身体を抱き起こした。 「ああ、そうだ」 空間を転移する前に、キャスターは慎二に声をかけた。 「今回は見逃しますが、これから先もこの戦争に関わっていくのならば、次に逢ったときには命はない と思いなさい」 「ひっ、は、はい」 まだ怯えているのか、慎二は恐怖から首を縦にガクガクと振った。 その様子を蔑みつつ、これならば問題はないと思い、空間を転移させ、柳洞寺に着いた。 ◇ 頭にひやりとした感触を感じて、宗一郎は目を醒ました。 「あ、申し訳ありません。起こしてしまいましたか」 そう言ってくる女の声。 「キャスターか。ここは?」 いつもと同じ調子で尋ねる宗一郎。 「貴方の部屋です」 確かに、あるものは机と本棚だけ、という殺風景なこの部屋は、間違いなく自分の部屋である。 「お前がここまで運んでくれたのか?」 「ええ、そうですが?」 「すまんな、礼を」 「いいえ、構いません」 その答えに、む、と言って宗一郎は黙り込んだ。それがおかしくて、キャスターはほんの少し笑う。 宗一郎が身体を起こそうとするのを手伝う。 「お腹は、空いていませんか?」 その問いの後に、宗一郎は空腹感を感じた。 「頼めるか?」 「ええ、少しお待ちください。お粥を作ってきます」 「……作れるのか?」 そう事実を確認するかのように尋ねてくる宗一郎。 「ええ、それくらいは作れます。ですので待っていてください」 そう言って、キャスターは台所に向かう。 しばらくした後、お粥が入っている鍋と茶碗とレンゲを持って、キャスターが入ってきた。 「お口を、おあけください」 茶碗をもち、レンゲを宗一郎の前に差し出し、そうキャスターが言った。 「……一人でできるが?」 そう言う宗一郎に、 「それでも、私にまかせてください」 と、キャスターは返す。だが、その目は笑っていた。 「……むぅ」 観念したのか、そう一言だけ言って、宗一郎は口を開けた。そこにレンゲを持っていき、キャスターは お粥を食べさせる。 「お味は、どうですか?」 キャスターは、恐る恐る尋ねた。サーヴァントは、食事を摂らなくても済む存在である。まして、己は 生前王女であった。知識はこの時代のテレビ番組などで手に入れたが、料理を作るのは初めてであった のだ。 「……うまい」 その事実を伝えるだけの答えに、キャスターはほっとした。 「お代わりは、いりますか」 「ああ、頼む」 そうして、お粥が空になるまで、ずっと宗一郎に食べさせる。 (こういうのって、やっぱり夫婦っぽいかしら?) そうしている中、そういった考えが思い浮かんで、顔が赤くなったのをキャスターは自覚して。 「どうした?」 その様子を見て取って、そう聞いてくる宗一郎に、何でもない、と返すのが精一杯であった。 食べ終えた後の後片付けをして、タオルを替えた後、 「メディア」 と、なすがままにさせていた宗一郎がキャスターを本名で呼んだ。 「なんですか? 宗一郎様」 微笑みながら、キャスターはそう返す。 「……お前の望みは、やはり聖杯か?」 その問いに、少しキャスターは立ち止まり、いいえ、とだけ返した。 「では、一体なんだ?」 その問いに対して、少し考えた後、 「……その時になれば、お教えします」 「……そうか」 それ以上は、宗一郎も追及しなかった。 「そろそろ眠る」 そう一言だけ言う。 「……わかりました。今日は、一晩見ていますから、ゆっくりとお休みください」 「うむ」 そう頷いて、宗一郎は眠りにつこうとする。 「……メディア」 だが、その前に宗一郎が呼びかけた。その声に、キャスターは宗一郎の方を向いた。 「……私はお前を、必ず勝たせるからな」 それは、誓い。一度は朽ち果てたこの身にかけて、必ずお前を勝たせよう、という想い。 「……はい」 その誓いに対し、キャスターは一言だけ返した。そして、その返答に安心したのか、宗一郎は眠りに落 ちた。 ええ、必ず勝ちましょう。 宗一郎が眠りに落ちた後、キャスターはそう心の中で呟く。 貴方のサーヴァントとして、共に勝ち進んでいきましょう。 それこそが、私の求めるもの。そして共に居るその時間こそ、私が追い求めていたものなのですから。 水を替えるために、部屋の外に出る。 ふと寺の縁側から池の方を見ると、月の光が世界を照らし、池がその光を映し、銀色に光っている。 視線を変えて木々を見れば、風はなく、月の光を受けた葉の色は緑、というより銀色に近い。そして 心なしか、梅の花がちらほらと咲いている。 だが、冬ということもあって、空を見上げれば星が明るく輝いている。 山門、ということもあり、その星辰がはっきりと見える。 召還されて一月。だというのに、季節はもう冬から春へと移行していこうとしている。 まだ一月しかたっていない。けれども、もう一年ほど経ったようにさえ思う。 それほど充実しているものなのだろう――そう心の中で考えた時。 キラリ、と流星が見えた。 この時代には、流星に願えば、願いがかなう、という習慣が残っていることをキャスターは知ってい た。 そこで、 (季節が移り変わりゆくのを、宗一郎様と共に過ごせますように) 愚かしくも、本当の願いを、キャスターは流星に願った。 風俗 デリヘル SMクラブ |