月夜の散歩


 ふと、目が覚めた。
 僕の横では式が裸のまま眠っている。
 僕はそれを起こさないように、そっと上体だけ起き上がる。

 思えば今日も、慌ただしくもいつもの日常だった。
 朝、学校が休みで家に泊まりにきた式に起こされ、式の作った朝食を食べた後で、一緒に『伽藍の堂』に行く―――
 
 そして、式と一緒に働かない雇い主を尻目に事務処理をする。
 式は高校を卒業したら、大学へは行かずに、僕と一緒にここで働くと決めた。今までの危ない仕事じゃなくて、事務員として。
 式曰く、僕と少しでも一緒に居たいんだそうな。そんな心遣いをうれしく思いつつも、一度彼女に大学に行くように薦めてみた。すると、
 「お前がここを辞めるんなら考えていい」
 と言ってきた。流石にそれは出来ないので、僕は折れることにした―――
 
 夕方になって、鮮花が魔術の勉強に藤乃ちゃんと一緒にここを尋ねてくる。
 鮮花は物を燃やすということにかけては師以上になる才能を秘めているらしく、熱心に勉強している。兄としては、そんな危ないマネをして欲しくないため、一度やめるように言ったところ、
「兄さんがあの女と手を切るまではやめません」
なんて言ってくる。
 でも、手を切るも何も、そんなこと出来っこない。
 僕は彼女の罪を背負うと誓った。そして僕が彼女を殺すと。
 殺人を犯して、自分自身を殺せなくなった彼女が死ぬその時まで、決して独りきりにしないように。
 罪を背負った彼女を一生許(はな)さないと。
 だから、いくら妹の頼みでも、それだけは聞けない。

 そういえば今日はどうして藤乃ちゃんまで来たんだろう?
 尋ねてみると、映画のチケットが取れたので、一緒に行かないかと誘ってくる。
 それも今日らしい。でも、今日は式と一緒に食事に行く用事が会ったために断る。
 その言葉に、彼女の眼が鋭くなって式に向き、鮮花は鮮花でグローブをしっかりとはめる。その様子に式も眼を蒼くしてナイフを構える。そして、もう何度目か分からない喧嘩が始まる。
 こうなるともう僕にも止められないので、安全な場所に避難する。
 先に橙子さんがいて、
「毎回見ていて飽きないよ、お前たちは」
なんてずれた事を言ってくる。橙子さん……結局後片付けするの僕なんですから、そんなこと言わないでください………。
 そんな僕の懊悩を知ってか知らずか、今日も事務所内のものが

 燃やされ、

 曲げられ、

 斬られる………。

 そんないつもの日常風景―――
 
 結局、この埋め合わせをほかの二人にもするって事で決着がついた。ああ、また学人に頼んで人捜しの依頼を受けなきゃ。橙子さんは給料を払ってくれることが少ないから。
 というより、自分で探偵事務所でも開いたほうがいいんじゃないかって最近思い始めてきた。これって従業員失格だろうか?違うよね?
 
 けれど、きっとここは辞めない。人格はどうあれ、橙子さんは人形師としての実力は飛び抜けて凄いと思うから。
 僕はその人形に惹かれて、ここに入社したのだから。
 そう考えて、こんなのだから式は僕のことを甘いというんだろうな、と考えて苦笑する。
 
 そして、式と一緒に夕食を食べに行き、その後僕の家に帰って世間一般で言う恋人同士の営みをして、今に至る。
 普通ならば式は僕が動いたらすぐ目が覚めるけれど、今日に限っては疲れているのか起きる気配がない。
 そんな彼女の寝顔を見つつ、もう一度寝ようと試みるけれど、何故か目が冴えて眠れない。
 仕方ない、散歩でもしようか。
 僕は彼女を起こさないようにそっとベッドから抜け出して、服を着て外に出る。

 そして、ぶらりと散歩していると、草原が見えてきた。
 ちょっと足が疲れたので、草原に座り込む。
 そして今までの事について考える―――

 四年前のこと……
 式との出会い―――
 藤乃ちゃんとの出会い―――
 殺人鬼の出現―――
 式の中にいる織との出会い―――
 鮮花との再会―――
 そして式が事故に遭ったこと―――

 そしてその二年後……
 大学を辞めて橙子さんの事務所である「伽藍の堂」に入社したこと―――
 式の目覚め―――
 彼女の中の織の喪失―――
 その代償として「直死の魔眼」という眼と、殺人衝動を引き継いだこと―――
 藤乃ちゃんとの二度目の出会い―――
 彼女と式の闘い―――
 飛び降り自殺が多かったあの夏の日―――
 臙条巴との出会いと別れ―――
 殺人鬼となった白純先輩との再会―――
 僕の左目の喪失と、式の殺人―――

 その結果、慌ただしいなりに楽しい生活を送っている。
 失ってしまったものはあるけれど、逆に得たものもある。
 どちらが多いかはわからないけど、今の生活が楽しいからそれでよしとしよう。
 そう自分の考えに没頭していると、

 一人の少年が近づいてくるのがわかった―――

 その少年は、今時の格好をしている。
 僕よりも背は高い。僕と同じでメガネをかけている。
 そして、ほっとする雰囲気をまとっている。
 けれど、その雰囲気を持つ一方で、式のように危うい雰囲気も持っている。
 そう考えて、
「やあ、君も散歩かい?」
と尋ねてみる。彼は
「そうです、貴方もですか?」
と尋ねてくる。
「うん、ちょっと寝付けなくてね。遠出してこの場所見つけてぼうっとしてた」
と返す。
「奇遇ですね、俺も今夜は中々寝付けなくて散歩してたんですよ」
と返してくる彼。
「ふぅん、それは本当に奇遇だね。じゃあ、ちょっと一緒に話さない?」
そう尋ねる僕。
「いいですね。じゃあ、隣座りますね」
そう言って隣に座る彼。

「んじゃ、自己紹介といこうか。はじめまして、僕の名前は黒桐幹也。幹也でいいよ」
そう自己紹介する。
「はじめまして。俺の名前は遠野志貴です。俺も志貴でいいです」
そう返してくる彼。
「シキ?」
聞き返す僕。どうかしたのかと尋ねてくる彼に、
「いやいや、僕の一番大事な人と同じ名前なんだ」
と話す。そしてその彼女は、数式の『式』と書くことを教える。
「同じシキなら紛らわしいな。君の事は、遠野君って呼んでいいかい?」
そう尋ねてみると、彼もそれでいいと返してきた。

「それにしても、最近寒くなってきたねぇ」
そう彼に話しかけてみる。
「そうですね、もう冬ですから」
そう返す彼。そういえば最近、季節の変わり目で風邪をひく人が多くなっているってニュースでも言ってたっけ。
 そして何か考え込んでしまった彼。
 
「どうかした?何か考え込んでいたようだけど」
遠野君に尋ねてみる。
「すいません、ちょっと前にあったことについて考えてたんです」
そう返してくる彼。
「僕もさっき、そういうことについて考えてたよ」
そう返す。すると、遠野君が尋ねてくる。
「ねぇ幹也さん。幹也さんにとっての幸せってなんですか?」
「僕にとっての幸せ?う〜ん、そうだねぇ……今の日常が少しでも長く続くことかな?」
と返す僕。すると、
「俺もそうです。でも、俺の今の日常は普通とはかけ離れた日々から得たものです。それに、俺は普通の人間には出来ないことが出来るんです」
そう言ってくる彼。
「へぇ、それはどんなこと?」
と、尋ねてみる。すると、話すか話さないかちょっと迷って、彼は切り出す。
「これから話すことは、ウソと思ってくれても結構です。それほど現実離れしていますから」
そういってくる彼。
「大丈夫だよ。それに自分自身で言うのもなんだけど、僕は現実離れしたことに対しては結構耐性がついているんだ」
だから君の言うことについてもきっと信じるよ、と返す。
 そう、僕も普通なら体験しないことを体験してきたんだから。
 そして遠野君は、意を決して今までのことを話し出した―――
 
「なるほど、それは大変だったね」
彼の話を聞いた後、そう返す僕。そう、こんなことを経験しているのなら、その雰囲気が少し危うくてもおかしくはない。
 逆に遠野くんはそれが意外だったのか僕に、
「それなら、幹也さんの今までのことを聞かせてくれませんか?」
と言ってきた。わかった、と返して、僕もこれまでのことについて話す―――
 
 流石に遠野君は言葉がないらしい。それもそうだろう。僕自身、よく生き延びてこれたものだと思うし。
 でも、それは仕方がないのだ。僕が動くことで式や皆が助かるのなら、多分僕は幾ら傷ついてでもそれを実行するだろう。それはただの自己満足だ。偽善ですらあるだろう。けど、それがどうしたというのだろう?自分の気持ちに嘘をついてまで生きていけるほど、僕は器用じゃないのだから。
 でも、絶対死ぬような無茶な真似はしない。僕は式を、自分自身を殺せなくなった彼女を殺さなくてはならないから。それだけが、僕の中で変わったところだろう。
 
 でも、遠野君の話を聞いていると、彼と僕は境遇がかなり似ている。妹がいる点などそのままだ。ただ、向こうは義妹らしいが。
 そして、その妹さんは浅上女学院という有名な女子高に通っている。鮮花や藤乃ちゃんと交流があるかもしれない。だって、二人とも礼園女学院という浅上に負けずとも劣らない女子高に通っている。今度鮮花に聞いてみようかな?
 
 それにしても、疲れないんだろうか、彼は。彼は妹さんも含め六人の女性から好意を持たれているそうだ。どの女性もかなり魅力的で、一人を選ぶことはできないらしい。
 一応一番重きを置いているのは、アルクェイドさん、という人に対してらしいが、それでも女性陣に対しての想いはほぼ平等らしい。皆に対して肉体関係があるらしいし………
 そのまま六人に子供が出来てしまったら………どうするんだろう?ありえなく思えて少し頭痛がする。

 そして彼も小遣い五百円の身だ。それを何とか切り詰めて切り詰めてデート代に当てているらしい。僕も下手をすれば餓死する身。彼に対してものすごく親近感が湧いた。
 
 そして彼の話で一番驚きだったのは、彼の目が式と同じく『直死の魔眼』であることだ。でも橙子さんの話では、この眼は二人と居ないはずなのに。何か意味があるのだろうか?
 まあ、考えても仕方ない。そういうのは僕は専門外だ。それに、そんな眼を持っていようが彼は彼だ。式が式であるように。

 彼の中には、人でない者を狩る、という衝動が眠っているらしい。そして、彼の周りの女性陣は人でない者ばかりであるらしい。彼は、時折夢の中で彼女達を殺す夢を見るそうだ。そして、彼はその悪夢がいつか現実になるんじゃないかと怯えている。
 でも、僕は思う。夢は所詮夢だと。現実で耐えているのなら、きっとこれからも耐えていけるはずだと。それを彼に言うと、少し虚を突かれたような顔をして笑い出した。僕もそれにつられて笑う―――

「さて、と。そろそろ帰ろうかな」
僕はそう言う。彼もそれに同意する。別れ際に
「また会えますか?」
と聞いてくる彼。
「縁があればまた……ね」
と僕は返す。すると、
「それなら俺はその縁を信じますよ。それじゃあ、また会いましょう」
と言ってくる。
「そうだね、僕も信じてる。それじゃあ、また会おう」
そう返して僕は家に帰る―――

 ふと、空を仰いでみる。
 空には真円の月が出ている。
 そして思う。
 綺麗な月だと。
 そして願う。
 月が欠けるように、人もうつろいゆくけれど、せめて僕と彼の身に、ささやかだけどこれからも幸せがあることを―――
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